お知らせ

Hさん(University of Edinburgh, Geography / Kingswood School出身)

暗闇を月と街灯とがぼんやりと照らす公園を、首をこれでもかと曲げて、微かに記憶に残る星座の名前と照らし合わせながら見つめる星たち。これならば、教科書と睨めっこした小学校の暗記テストも楽に乗り越えられただろうにと思います。
日本の最北端よりもさらに北に位置するエディンバラの地で九月から大学生活が始まりました。毎日のような極寒と雨を予期していたのですが、暖流のために気温は比較的高く、虹の端から端までを拝めることも度々。けれども風の強さには驚きます。アーサーズシートと呼ばれる丘が、海のある東側に聳えているのですが、ある夕方にその天辺まで散歩したとき、崖から吹き飛ばされる恐怖に襲われたほどです。その丘の様子を大学寮の自室の窓から毎朝、カーテンを開ける毎に眺めています。風の強さに肝を冷やしているであろう、米粒よりも小さい人の姿を発見するのは、中庭の木々の紅葉観察の季節が過ぎ去ってからの楽しみです。
テニスにおいても、プレー相手よりまず先に風に勝たねばならない日がありますが、そんなことは気にせず、かぼちゃの格好になってハロウィン気分を謳歌する日もあります。お化けを模してか、白いシーツを纏った集団が街を歩いていたり、そうかと思えばクリスマスツリーがフライングをしていたり。季節が巡れば感情も心も移り変わります。旬の食材を使ったり、行事の音楽を聴いたり、気候にあった洋服を纏ったりと、暦とともに生きることでけじめある生活を心がけたいです。

テニスの話をもう少しすると、24時間テニスマラソンというチャリティーイベントでは月明かりの下、ボールと会話が飛び交いました。九時間休みなしで打ち続けていると、体がリズムに乗って踊り出し弾むようでした。感じ取った状況を体の動きでそのまま吐き出す。スポーツとは呼吸そのものではないか、そう感じさせてくれました。スポーツ仲間との絆は、言葉のみに頼った交流でなくして築いたものであるがゆえに、何か特別な奥深さがある気がします。

二年前、新たな生活に目を回していた自分と、おそらく似たような気持ちを抱く子をテニスコートの周りに見ると、キングズウッドでのホッケーにおいて、自分の名前を呼び、声をかけてくれた子一人一人の顔を脳裏に浮かべながら、今度は自分が相手の勇気のきっかけとなれるように、会話のキャッチボールを始めます。当時は、名前を呼んでもらえただけでその日一日が飾られていたことを思い出し、彼らへの感謝と共に、そして大学という社会に出る一歩手前の場において、自分の将来像や理想像を考えながらも、リーダーシップや心遣いにユーモア、社交性を磨けるよう日々過ごします。

大学の講義後は毎度、教授に質問するようにしています。質問がないということは、興味が湧くほど注意を傾けていなかったということだと思うので、何かしらの疑問を絞り出す姿勢を保っています。顔を覚えてもらい、通りがけに笑みを交わしたり、おすすめのトークや映画を教えてもらったり。大学での出会いは頻度が高い分、別れも早いので、その時々のご縁をしっかり活かせるようにしたいです。

私は自然地理学専攻ですが、今学期の自由選択科目を建築史にしたことで、日常の目の遣りどころが変わりました。エディンバラの建築様式を心の中で描くように凝視したり、習った建築物と似たものを見つけ友達に説明し始めたり。新しい知識を授かると、行動も意識の方向も変化してきます。それはまるで異なる言語それぞれが、多様な文化や交流を紡ぎ出すようだと思います。そして、色々な言語や知識、視点が交わったときに、お互いが刺激され、新しい考えや価値観が積み上げられていくのでしょう。日本のお寿司はスーシーと呼ばれて親しまれておりますが、その味にはかなり違いがあります。けれども食がきっかけとなり、異国の方が日本文化や日本語を学び始める、ということもあります。ある作家のトークに参加したとき、受付のおばさまに話しかけられたのですが、なんとテレビの日本特集を見たとき以来日本への関心が尽きず、日本語を勉強しているらしいのです。その後幾度かお茶をするまでに至り、改めて、自分が日本人であるというだけで得られたご縁を有難く感じました。けれどもそれはほんのきっかけであって、この機会をいかに次へと繋げられるかに重きを置きたいです。
生きるとは、出会いに恵まれることだと思います。全てのご縁に感謝をし、人と人とを繋げる役目を果たすこと、すなわち自分が他の人から受け取った行動や言葉、姿勢を今度は相手に広げて、自分の経験した、人の温もりや親切な心を絶やさないことです。

他に親しまれている日本語といえば、マッチャでしょうか。マッチャラテはどこのカフェでも頼めますし、さらにはワビサビの単語も聞こえてきます。意味は何かと聞かれたときに、説明できなかったり自信を持って答えられなかったりすることも。しかし大切なのは、辞書的な意味や検索すれば出てくる定義を答えるのではなく、自分だけの経験から学び得た意味や解釈を伝えることなのでしょう。長い時間をかけて削った跡の残る御茶杓は、例えば、時の流れそのものであり、人と人との人生を繋げる架け橋でもあります。手紙が場所を超えて人から人へと届くのは、気持ちとインクの滲んだ文字を介して人と人との心が一緒になるということ。キングズウッドの寮の後輩たちからビデオメッセージが届いたときに、懐かしさと共に、また必ず戻ろう、私の少しでも成長した姿を、そしてそれでもなお変わっていない芯の人となりを、お世話になった人たちに見せに行こうと決意しました。

一ヶ月間の冬休み中は、ドイツのケルンとフランスのヴァルトランス、そしてその道中のスイスのジュネーブで休暇を堪能しました。ドイツではクリスマスマーケットが中心街の雰囲気を独占していました。出店の屋台そのものがクリスマス飾り。屋根の上でサンタクロースが本を読んでいたり、雪だるまが踊っていたり。中にはトナカイの頭が三つ飛び出ていて、それらがいきなりジングルベルを完璧な音程で合唱し始めたものもあり、一日三万歩と、歩き回っていても飽きることがありませんでした。ドイツ語が話せればなあと思うのですが、しかしある美術館を訪れたときのこと、館員のおじさまがドイツ語でにこやかに話しかけてくださり、お互い違う言語を使いながらも、いくつか言葉を交わし別れ際には握手までもして、そして手を振って別れたということがあり、海を越え訪れた地で得た心温まる体験だと感じました。チョコレート工場でいただいたワッフルよりも、味わい深いものでした。
ジュネーブでは湖と、その水に体を預ける白鳥や鴨の姿が大変印象的でした。それもあってか、博物館の天井の張り紙の鳥の模様を見たときに、さすが大自然に囲まれて育った人は自然を描く姿勢も違うのだな、と思いました。鳥を単なるモデルとしてではなく、感情のある、自分の大切な存在であるかのように、繊細な動きが優しいタッチで描かれてあったのです。それは私自身の、鳥に対する心持ちが変わっただけだからかもしれませんが、そうはいってもやはり、自然環境との関係から生まれる風土特有の文化や心というものは、必ずあると感じました。そんな自然の雄大さや人々の日常、雰囲気、空気といったものは、おそらく文学や芸術を持ってしても表現しきれるものではなく、その表せぬ部分にどう向き合うかが、作品の趣を変えるのだと思いました。モネは、時間と共に流れ動く水の様子を、その時々に描き留めたと言われます。しかしどんなに多くの枚数を重ねたとしても、そのとき得た感動の再現には成り難い。けれどそれが、その人の元を離れて他の人の感情と結びつくとき、何かまた新しい物語を生むのでしょう。時空を超えたつながりというものは、一人の人間の手には余るものですが、仲間がいれば、恩師がいれば、家族がいれば、皆で伝え続けて広げて行けるものだと思います。

ヴァルトランスの雪山では、燦々と降り注ぐ太陽光が眩しすぎる日も、猛吹雪で空と地面の境目が白さに消えた日も、両方体験できました。ゴーグルなしには目も開けられないお日様の近さに、吹雪で何も見えないがために膝に直接感じる深雪の触感に、全身が沸き立ちました。知り合いのいないままに参加した一週間の大学スキーソサイエティー旅行は、部屋を共有した子たちに始まり、偶然再会したテニス仲間や社交の場で初めて会う人たちなど、多くの出会いに恵まれたものとなりました。このつながりを必ず次の経験に活かせるようにします。

突然ですが、トトロが土器を持っていたり独楽を使ったりするのは、縄文時代と江戸時代のそれぞれのときにできた友達から教わったからだそうです。そんなご長寿なトトロに出会えたらなと、茂みに顔を突っ込んだ記憶がありますが、けれどもトトロと毎日のように顔を合わせる仲になってしまうのは、それはそれで避けたい気もします。例えば日常の中で、衝撃的な印象を与える、新しい視点をもたらす言葉や映画に出会った後、時間を置いて再び戻ってみると、あのときの衝撃はもう受けない、ということがあります。大切なのは一時的で客観的な経験なのではなく、自分がそれとどう向き合うかだと思います。考古学者の藤森栄一さんは、植物など発掘されるモノだけにとどまらず社会全体へと視野を広げ、人間が暮らした環境、すなわち自然の恵みそのものを守り抜くことこそが、今現在を生きる我々が次につなげられるものであると説きました。また、陶芸家の加藤唐九郎さんは大変熱心な読書家であり、当時の社会を学ぶことがその時代の技術を使うためには必要だと仰いました。時を超えたつながりという綱をしっかり握りながらも、周りの景色や足元の感触にも注意を払う。そうして初めて、斬新な視点や考え、表現の仕方が見つかるかもしれない、そういうものだと思います。何もつながりのないところからは新しい生命は生まれません。生命は親から子へと流れ続けるからです。私は、温故知新の精神で一つ一つの積み重ねである人との関わり合いを最大限活かしきれるように、そして一日一日の景色を忘れないように、今目の前にいる人と向き合い、その経験を明日また出会う新しい人との関係作りに活かします。立ち止まって想いに浸るのは何も美術館限定でなくてよいのです。自分のふとした感情の揺らぎに寛容になり足を止めてみて、豊かな心でそれを慈しむ。そうしていればいつ舞い込むか知れぬ運というものをも、引き寄せられるようになるかもしれません。
今年は午年、飛躍の年。思い出せばいつでも笑みを届けてくれる、そんな時を共に過ごした仲間と分かち合った心を胸に、前へ前へと歩みを進めます。

最後になりますが、私の一歩一歩を常に支えてくださる財団の皆様へ、私は自分の役目を自覚し、生涯を通して、学び続けます。そして私の近況を聞いてくれる友人たち、必ずまた会えるからそのときまでに、お互いどんな自分になりたいか考えておこう。家族には、私がこの世界のどこへ行ったとしても、いつも変わらず見守ってくれることへの感謝を伝えたいです。

今年一年も、出会い多き一年になることを願います。