
今年の英国の夏はあまりに乾燥していた。このレポートを書いている2026年8月、私は英国ハートフォードシャー(ロンドンの北西側の隣県)のハーペンデンという田舎街にいる。6月末にロンドンよりこちらへ移ってから今日に至るまで、雨が降ったのはたった2日、それも数分から数時間のみ。旱天の慈雨を物理的に実感した。
大学3年次を終えた。今年も、去年から始めたフェンシング、化学の勉強・実験に励み、大変充実した一年だった。そして、昨年に引き続き成績優秀者に送られるDean’s Listを受賞した。統合型修士課程(MSci)の私はもう一年あり、来年度は修士研究が控えている。学士課程が3年間のイギリスでは卒業して就職する同級生も多く、人生の節目にいることをより実感するようになった。この1年間は、自分は将来何を目指すのか、何を自分の軸に据えるのか、化学を学ぶとは何か、そういうようなことについて悩み考えた一年だったように思う。
1. 研究テーマ選び
インペリアル・カレッジ・ロンドン化学科では、3年次の終わり(5月)に、4年目(修士課程)に所属する研究室を選び、研究テーマを決定し、文献調査を行い、研究計画を立てる。博士課程進学を希望する私にとって、この修士研究のテーマ選びはその後のキャリア方針に直結するため、自らの化学への志などを再確認するきっかけとなった。
6年前、Tazaki財団に応募したときのことを振り返ってみた。そのときから一貫して変わっていないのは、持続可能な開発の実現への熱意だった。Tazaki財団応募時は、経済・国際関係の観点から持続可能な開発・環境問題について取り組みたい、と志望動機に記したと記憶している。そして、渡英後に化学の魅力に取り憑かれて化学を大学の専攻に選んだのちも、このモチベーションは変わっていない。目指すゴールは同じで、アプローチを経済から化学に変えただけである。持続可能な開発において、化学が貢献できる範囲は実に幅広い。エネルギー問題に関わる化石燃料も太陽光パネルもバッテリーの開発も、持続可能な医療・農業の根幹である医薬品・農薬の開発も、プラスチック問題も、すべて化学である。その中で、私がこの3年間の学びを経て最も強く惹かれたのは、無機触媒だった。来年度の修士研究と、その後の博士課程でも、この無機触媒にフォーカスしていきたいと考えている。
では、無機触媒化学の中で具体的に何をテーマにしていくのか。触媒は、通常不可能な化学反応を可能にするだけでなく、反応に必要なエネルギーを削減し、収率を上げて廃棄物を減らすなど、環境負荷の低減に大きく貢献する。しかし、昨今、特に製薬業界などの合成・精密化学の分野で多用されている触媒は、埋蔵量が少なく高価な貴金属を用いたものが多く、持続可能とはお世辞にも言えない。一方、鉄や銅などの卑金属は埋蔵量も多く、安価で供給も安定しており、より持続可能な資源と言える。そこで、私はより究極的な持続可能な開発を実現するため、貴金属触媒を卑金属触媒へ置き換える、そういう研究をしたいと考えている。
では、貴金属から脱却して卑金属にシフトするとどのような社会的影響があるのか。様々なメリットが考えられる中で、ここでは一例を挙げたいと思う。
アフリカなどの発展途上国の貧困層にとって、エイズやマラリアなどの病気への治療薬は極めて高額で、医療アクセスを制限し、必要な治療が受けられなくなっている。加えて、日本など高齢化社会が進む先進国では医療費・社会保障費の増大が止まらない。持続可能な医療体制の構築は、保険制度の拡充や行政介入によっても可能かもしれないが、これらは経済負担を増やすだけであり、根本的な解決には至らない。その点、薬代自体を低下させるアプローチは、根本的に医療費を削減し得る。医薬品を製造する過程で触媒は不可欠な存在だが、通常ここで用いられる触媒はパラジウムや白金などの貴金属触媒ばかりである。そして、例えばパラジウムはそもそも高価な上に、毒性が高く、特別な除去工程が必要となり、廃棄物を増やし、更なる製造コスト高を招いている。したがって、仮に貴金属触媒を安価で毒性の低い銅などで置き換えられれば、大きなコストダウンにつながる。このように卑金属触媒への移行は、単に持続可能な製造・供給を可能にするだけでなく、社会問題の解決にかなり貢献するのである。
2. 化学を学ぶとは
今年一番のハイライトはとある講義の中で教授が語った、インスピレーション(inspiration)についての話である。インスピレーションの語源は、ラテン語のインスピラーレ(inspirare)であり、原義は「息を吹き込むこと」であった。そこから派生して心に感情を吹き込む、つまり創造的な衝撃や刺激という意味が生まれた。そして教授が強調していたのは、化学を学ぶときにインスピレーションを受けているか、またはインスピレーションを与えているということを感じながら学んでほしい、ということであった。
化学を本質的に学ぶということは、自己の内部に抱えている未発達の化学への理解に息を吹き込むことだと思う。単に知識を受け入れるだけでなく、自身で噛み砕き、自分の中で生きた知識として取り入れることが大切である。これは化学からインスピレーションを受けることだと思う。
そして、化学からインスピレーションを受けると同時に、化学者も化学へインスピレーションを与えることが可能だと考えている。化学は普遍的にそこに存在しているが、そのうち何%解明されたのか、何%発見されたかは永遠に不明である。化学者の仕事は、未解明のもの・未発見のもの・未だ実用性が見出されていないものに息を吹き込み、人間社会で価値ある知識として命を吹き込むことだと思う。
ロンドンを離れて2ヶ月あまり。この夏は、ここハーペンデンにあるロザムステッド研究所で遺伝子組み換え小麦の研究に勤しんだ。これも同様に持続可能な穀物供給の実現という動機に基づいている。古い住宅街とスーパーと研究所と小麦畑しかないこの田舎街は、とても穏やかで平和で、ロンドンと違って時間がゆっくり流れていて、心身を休めるにはこの上ない環境だ。しかし、そろそろロンドンが恋しくなってきた。来年度、待ちに待った無機化学の研究を存分に楽しみたい。