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Mさん(Imperial College London, Mechanical Engineering / Kingswood School出身)

昨年の夏、ちょうど今と同じように、私は財団へ提出するレポートを書いていた。その頃Googleは大学生を対象に、Geminiをより幅広く利用できる有料プランを15か月間無料で提供していた。私はその誘いにまんまと乗り、それ以来今日に至るまでGeminiを使い続けている。英国で迎えた五年目の学生生活は、気づけばAIとの二人三脚になっていた。
その年の11月、一本のドキュメンタリーがYouTubeで公開され、私の周囲でも話題になった。題名は「The Thinking Game」。Geminiを開発するGoogle DeepMindの共同創業者でありCEOでもあるデミス・ハサビスと、その研究チームが人工知能の可能性を追究してきた過程を記録した作品である。囲碁の攻略から、タンパク質の立体構造を予測するAlphaFoldの開発に至るまで、彼らが問い続けていたのは、機械がどこまで「考える」ことができるのか、そしてそもそも「考える」とは何かという問題だった。一見すると壮大な問いだが、学び考えることを日常とする大学生にとって、決して他人事ではない。機械が「考える」ようになった今、私たちは何のために学ぶのか。今回のレポートでは、製品開発を通じて得た経験を手掛かりに、この問いを機械工学の視点から考えたい。

この1年、私は製品開発のプロジェクトに取り組み、機械設計だけでなく制御工学やソフトウェアについても学んできた。その一方で、課題や試験勉強に行き詰まると、半ば無意識に生成AIへ質問するようになった。そして試験直前、過去問を解いた後に自己採点しながら間違えた個所をAIに質問していたとき、ふと疑問が湧いた。問いを入力すれば、自分が時間をかけて考えた問題にも、AIは数秒で整った説明を返してくる。これほど速く、多くの情報を組み合わせて答えを示すAIがあるのに、なぜ私は時間をかけて勉強しているのだろう。AIが説明できることを、私たち人間が改めて覚える意味はあるのだろうか。当時は試験勉強の疲れもあって少しネガティブになっていたかもしれない。しかし、この一年のプロジェクトを振り返るうちに、この問いに対する答えが見えてきた。

私たちのチームは、月経用品の性能を評価する試験装置を開発した。模擬膣管の周囲に空気圧で膨らむドーナツ型のバッグを配置し、歩行中に加わる腹腔圧の変化を再現する装置である。私は主に、バッグへ空気を送り込むシリンジを固定するプレートの作成、およびそのシリンジとリニアアクチュエーターを接続する機構の設計に携わった。設計の初期には、固定機構のアイデアをAIとディスカッションした。AIは、3Dプリント部品やクランプを利用した複数の案を示してくれた。しかし、それらの機構を実際の装置へそのまま持ち出すことはできなかった。限られた空間に収まるか、加工誤差が重なっても動くのか、また部品に負荷がかからないか。AIの回答には書かれていない条件を、一つずつ自分で精査する必要があった。最終的に、3Dプリントの部品を使った場合は、耐荷重に負けて部品が壊れることがシミュレーションからわかり、プラスチックからアルミニウムへと素材を変更し、加工方法も3Dプリントではなく外注することにした。AIは選択肢を提案することはできるが、それらの案が現実性に乏しくないか、また最終的にどの案を採用するかは実際に製品を作る私たちが決める必要がある。

部品を製造し組み立てた後、完成した装置を使って静止時の動作試験を行った。その結果、バッグ内部で計測した圧力のうち、模擬膣管へ実際に伝わった圧力は約14.4%にすぎなかった。圧力がある程度失われることは予想していたものの、その減衰は想定以上に大きかった。そこで次の試験では、歩行時の動きを再現する機構と装置を組み合わせるとともに、バッグが外側へ膨らむのを防ぐ壁を設置した。外側への膨張を抑えれば、圧力が内側へ集中し、伝達効率が高まると考えたためである。しかし結果は予想を裏切って、むしろ壁を付けた場合に効率が低下することが分かった。重要だったのは、予想が外れたことそのものではなく、その結果をどのように解釈するかだった。私は、それまでに学んだ材料力学などの知識を手掛かりに、壁がバッグのしわを残したまま動きを妨げた可能性、材料が柔らかく、変形によって圧力が吸収された可能性、空気漏れやセンサー位置が測定値に影響した可能性を考えた。さらに、動的試験では装置の動きによる力がセンサーに加わる可能性や、試験ごとの初期位置の違いもあるため、壁だけを原因と断定することはできないと判断した。
AIに同じ結果を示せば、もっともらしい原因を挙げることはできる。しかし、AIはその場でバッグのたるみや装置の状態を観察したわけではない。また、提示された説明のうち、どれが装置の構造と整合し、どれが追加の検証を必要とするかを決めるには、実験内容と物理現象を理解している必要がある。もし勉強をしていなければ、AIの回答を「信じる」ことしかできない。しかし知識を付けることで、AIの答えを検討するための基準を持てるようになり、その確からしさを検討することができる。人間が知識を身につける意味は、AIと知恵比べするのではなく、何を問うべきかを見つけ、返ってきた答えを現実に照らして評価する力を養うことにある。

AIの答えを評価する経験は、同時にもう一つの気づきをもたらした。AIがどれほど優れた提案をしても、それを実際に形にしたり、検証する身体がなければ意味を成さないということだ。これは近年注目されるフィジカルAIについて考えるきっかけにもなった。そもそもフィジカルAIとは、「ソフトウェアやデジタル環境の中だけに存在するのではなく、物理世界で動作し、相互作用するAIシステム」とIBMは説明している。AIモデルをセンサー、アクチュエータ、制御システムと組み合わせることで、ロボットや自動運転車、産業機械などは周囲の環境を認識することができ、そこで得た情報を用いて自律的に判断し行動できるようになる。近年の日本成長戦略でも、フィジカルAIは官民投資ロードマップの対象となる主要技術の一つに位置づけられている。自分が試験勉強で使用していた生成AIは、主にコンピューター上で言葉を返したり作業をするに留まっていた。それに対してフィジカルAIは、コンピューターから出て現実に物理的影響を与えるAIである。しかしそのAIが現実に出てくるためには、それに即した身体が必要になる。その機能はもちろんAIモデルの性能だけでは決まらない。モーターの出力、関節の配置、センサーの精度、材料の強度、放熱、摩擦、安全性といった物理的条件が、AIの行動範囲を決定する。優れた判断能力があっても、それを安全かつ正確な動作に変える身体がなければ、現実世界では役に立たない。機械工学を学ぶ意味は、AIと知識量を競うことではなく、その知能が現実の中で働くための身体と条件を設計し、AIの可能性を現実へ顕現させるような「形代」をつくるところにあると気づかされた。

以前弟とこの話題について会話していた時、彼はハードウェアとソフトウェアの関係を、キャンバスと画家に例えた。ソフトウェアが画家なら、ハードウェアは絵を描く場所と限界を定めるキャンバスである。どれほど画家の発想が豊かでも、キャンバスの余白が足りなければ、その発想を十分に表現できない。一方、広いキャンバスがあっても、そこに何を描くかという知能がなければ価値は生まれない。AIとハードウェアは、どちらかが他方を不要にするのではなく、互いの可能性を引き出しながら発展していくものなのだと思う。

大学生活の最終学年では、機械工学に加え、強化学習を含むAIや制御分野の授業も履修する予定である。ハードウェアとソフトウェアの双方を理解することで、急速に進む技術の発展に自分なりの貢献をしたい。そして将来は、AIに単なる機械ではなく、安全に現実と関わり、人の生活を支えられる身体を与えるハードウェアエンジニアになりたい。

最後に、ここまでのレポートをコピーし、「一言で批評して」とGemini, Claude, ChatGPTに頼んでみた。結果Geminiは大変秀逸なレポートだと褒め、Claudeは最初に出てきたドキュメンタリーへの結論を示して文章にまとまりを持たせた方がいいと提案し、そしてChatGPTは後半が一般論になっているとダメ出しした。このレポートの評価ひとつとってもこれだけモデルごとに違いが出る状況では、それを使う私たち利用者が情報の取捨選択をしていくことが大事であると分かっていただけたと思う。Claudeの提案は非常に的を得ていると感じたため、この一文を付け足してこのレポートの結びとしたいと思う。

AIという画家が考えて未来を描き始めた今、その可能性を受け止めるキャンバスを広げるために、私たちはどう「考え」ますか?





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