
大学生活の2年目が終わり、改めてこの一年を振り返ってみれば、実に色彩豊かな年であった。
昨年は大学がどのような場所なのか、手探りで進んでいる状態であり、興味のある授業には聴講生として参加したり、新しいソサエティに参加したりと自分のネットワークを広げることが中心となっていた。昨年聴講していた授業のうち、もともと高校生の時から勉強していたラテン語をさらに深めたいと思うようになり、今年は古典言語の授業を、昨年度受講していた古代ギリシャ語からラテン語に切り替えることとした。古典学部では言語の切り替えは通常認められないことだったが、聴講生として参加していたことと、先生方の特別のご配慮から許可していただけることとなり、晴れてラテン語を受講できるようになったのだ。
長かった夏休みも明け、いざ新学期が始まった9月、エジンバラでの生活が戻ったことへの安堵感とともに、新たな一年への不安が大きかった。というのも、Aレベル以来に本授業としてラテン語を学ぶことに加え、新学期が始まってすぐに次年度の交換留学に向けた出願等が始まるからだった。この二つが今年の鍵となったと言っても過言ではない。
まず、ラテン語についてであるが、先述のように特別に編入が認められたため、聴講生として授業自体は受けていたものの、課題や試験等で最終的にどれくらいのレベルが求められているのかが分からないという漠然とした不安があった。しかし、今年のラテン語の主任やチューターの先生たちとの出会いによって、それらの不安が払拭されることとなる。
ラテン語では基本的に、一学期で2つの文章を扱う。授業では課題文学の翻訳をするとともに文学的な背景知識について学び、チュートリアルでは文法の復習やラテン語の応用編を学ぶ。今年の一学期に採用された作品がRutilius Namatianusという紀元5世紀初期のノンクリスチャンの作家によるDe Reditu Suo (我が帰郷について)とPliny the YoungerによるEpistulae(手紙)だ。前者は後期ラテン文学で韻文であるのに対して、前者はラテン文学が栄えた1世紀後半頃の作者による散文であり、手紙と言いつつも想像上の相手に宛てて書くという設定で書かれている。ここで面白かったのが、Late Antiquity(古代末期)と呼ばれる時代の文学だ。ちょうど同時にLate Antiquityの歴史の授業を取っていたこともあり、それまで馴染みのない時代だっただけにラテン語文学やローマの歴史の新たな一面を知ることができた。
Late Antiquityとは一般的に3世紀から8世紀の後期ローマ帝国のことを指すが、コンスタンティヌス1世に代表されるように、キリスト教の影響が色濃くなっていく時代である。今回学んだNamatianusというのは5世紀に異教徒への弾圧が強まっている中においても異教徒の立場から自身の帰郷の記録を当時の慣習や別荘などの詳細とともに綴ったものであり、当時の生活を知る上での重要な文献である。この題材を元に、チュートリアルでは異なる時代・複写人によって書かれた写本を比べてみたり、作者のスタイルについて他の作家と比べてみたり、Intertextualityといって、オマージュなど、その文章と過去の文学作品との関係性について論じたりしたものを毎回ミニエッセイとして提出する。同じ文章でも授業とは異なる視点から深めることができ、とても新鮮で面白かった。特に写本の比較は今までに経験がなく、同じ行を比べても全く異なる語彙・文法が使われているなど、相違点が多く、実際の研究の片鱗を感じることができる、貴重な経験になった。
もちろん、一学期のラテン語のコースでは授業のみならず、先生方との出会いも素晴らしいことだった。今年の主任の先生は昨年のローマ史の授業で何度か講義をしてくださった先生であり、私にとってはすでに馴染みのある先生であったことでいくらか安心していたが、私が大学の正式科目として受講するのが初めてであったことから常々気にかけてくださり、本来ならば過去問は開示しないものの、特別に前年度の過去問を共有してくださったりもした。一度、試験直前に学部のストライキで組合に参加する先生方が授業を休まなければならなくなった時には、教室での授業は行わない代わりにオンラインで授業をしてくださり、テスト範囲も明確にしてくださったことで他教科のような混乱も起こることなく、安心して試験に取り組めるように環境を整えてくださった。
チュートリアルにおいては、エジンバラ大学では基本的にはPhDの学生が担当してくださることが多く、通常少人数グループに分かれてクラスが編成される。しかし、今回のLatin2Aは受講者が少ないこともあり、通常の授業もチュートリアルも全員一緒に行われていた。今回は写本を研究しているというイタリア人の先生だったこともあったためか、マニュスクリプトに関する授業が行われたり、イタリア語の文法書を用いた授業が行われたりと多角的な視点からよりレベルの高いラテン語の勉強ができたことがとても楽しかった。また、この時期に来年度交換留学で行く大学を決める必要があったため、偶然イタリア人であったチューターの先生にはイタリアの大学事情やどのように授業が行われていたかなどの話を聞かせていただくとともに、志願書の添削もしていただくことができ、とても良い機会になった。
さて、今年度の1学期の目玉といえば、次年度の交換留学での留学先への出願であった。新しい年度が始まってすぐにイタリア語の授業やLLC (School of Languages, Literatures and Culturesの略)で交換留学に関する説明会などが行われ、11月初旬には志願書とともに希望校の提出が行われ、学内選考が行われるため、とても目まぐるしい時期であった。志望校を選ぶ際には、当初は西洋古典学科が指定したイタリア国内の大学のうち、イタリア語での授業が行われている大学である、ミラノ大学またはトリノ大学のいずれかの選択肢しかないと勘違いしていたのだが、イタリア語学科の提携している大学で古典学科があればどこへでも良いということになり、一気に選択肢が10校ほどに広がってしまった。ローマやフィレンツェ、ベネチア、ボローニャ、ミラノといった名だたる都市の大学からシエナやヴェローナ、ピサなどの小さな町の大学もあり、それぞれの大学に強みや魅力がある。そのため、ラテン語のイタリア人チューターに話を聞いたり、イタリア語の教授たちに話を聞いたり、他の国で交換留学プログラムに参加している先輩に話を聞いたりして何を学びたいのか、気候や食べ物はどうか、交通の便はいいのかなどを授業面・生活面両面から自分の志望する大学を絞り込んでいった。北部の方が方言の影響が少なく、学習してきた標準イタリア語を活かしやすいことと治安が一般的に良いとされていることから北部の大学を希望していたが、その中でもピサ大学・ボローニャ大学は古典学科が有名であり、街の雰囲気や学習環境の良さに惹かれたので、最終的には5つ出願枠がある中でその2校のみ出願した。その中でも、もともとラテン語の歴史や言語そのものの文法構造に興味があったため、言語学なども考えたが、言語を科学的に分析する言語学よりも文学的に分析するPhilology(語文学)が進んでいるボローニャ大学を第一希望とした。その際、ラテン語のチューターがボローニャ大学出身だったこともあり、そこで初めて語文学の存在を知ることができ、ボローニャ大学の指導スタイルや先生の母校の好きなところなど、ざっくばらんにお話しを伺うことができたため、ボローニャ大学へ行きたいとの思いを強く抱くようになった。
しかし、ボローニャ大学は西洋一歴史の長い大学としてその歴史で知られているため、例年、イタリア語学部のほとんどが志願するとも言われている人気校。さらに出願の詳細が開示されてから期限までは10日ほどしかない。そのため、先生方や先輩に志願書の添削をお願いし、アドバイスをいただくことで、満足とはいかないものの、提出まで漕ぎ着けることができた。この時の志願書というのはいわゆる大学受験の際に書いていたPersonal Statementと同じようなものなのだが、やはりそれを書いていた2年前の自分と大学に入ってから再びPSを書く自分とを比較し、自身の成長を感じることができたように思う。特に、入学前では論文を読む経験もほとんどなく、ラテン語のエッセイも書いていたとはいえ、ほとんどが文学作品の内容を分析するもので論文をもとにするわけではなかった。しかし大学に入ってからはいかに論文などの先人たちの積み重ねてきた研究結果を使うかというところが大きなウエイトを占めているため、自分自身の観点よりも、研究者たちがどのように学術的な視点から歴史や文学作品を読み解いたかという視点に焦点が移る。論文を読むほどに新たな専門的な知見や知識を身につけることができるため、大学入学前は自分の経験を元に主観的にかつ浅く広く志望理由を述べていたものが、より尖り、学術的な理由を持って述べることができるようになり、よりクリアな視点を持つようになったと感じたのである。ただ、まだ学部も2年目であり、自分の意見を述べるような立場にはないことから道なかばであることは重々承知している。段階を経るごとにどう成長していけるのは今後も自分自身でも楽しみである。
さて、長くなったが、人とのご縁にも恵まれ、最終的にやりたいことや志望理由がはっきりし、なんとか出願することができた。そして無事、第一希望であったボローニャ大学への交換留学が内定した。今年のエジンバラ大学からボローニャ大学への交換留学生はイタリア語学科からと他学部からを合わせて15人。知り合いも何人かいる中で留学ができることは安心材料の一つにもなった。
進学先も概ね決まったところで二学期を迎えられた訳だが、勉強面では古代末期やキリスト教の影響など、一学期と接点のある内容が多く、また自分の興味分野でもあったため、とても充実していた。
今学期は聴講の教科を取ることなく、ラテン語・イタリア語・叙事詩の3教科に専念した。ラテン語では今学期から上級クラスと大学(1年または3年)から始めた初級クラスの合同クラスになったため、学年もレベルも様々な人たちが一つの教室で学ぶこととなった。2学期は先学期に扱った、5世紀の異教徒による紀行詩に引き続き、ほぼ同年代のキリスト教徒の詩人・PrudentiusによるPsychomachia(古代ギリシャ語で心の戦いの意)と古典の散文としてCiceroのDe Amicitia(友情について)を扱った。このPsychomachiaが私にとっては初めてのジャンルだったことと、当時の宗教の影響が表れていて興味のある分野だったことからとても面白かった。タイトルからも分かる通り、この作品は心の中の善と悪をキリスト教の視点から擬人化かつ寓話化したものである。例えば、最初の戦いは信仰心と古い神々の信仰(古代ローマ伝統の信仰)の対立をそれぞれ女性の姿で表し、信仰心が相手を打ち負かすシーンでは伝統的な宗教では当たり前だった、生贄を想起させるような、斬首のスタイルでローマの宗教の残酷さの報いを受ける形で描いている。また、謙虚な心と希望vs.邪な心を謙虚な女性とそれを助ける強い女性、そして自ら仲間の「裏切り」による落とし穴に落ちて呆気なく敗北する、悪女・Superbia(傲慢さ)の対立を描くなど、キリスト教徒の心の中の葛藤をまるで戦場での一騎打ちかのように表しているのが分かりやすく、また作者がどのようなことを悪または善と捉え、対立関係にあるかを図解化する作品である。
また、この作品を面白くしているのは、キリスト教徒が打ち勝たねばならぬ心の葛藤を寓話化しているからのみならず、要所要所に聖書や『アエネーイス』などの古代ローマの伝統的な作品や神々の姿を作品に盛り込んでいるところである。聖書は言わずもがなではあるが、例えば旧約聖書外伝に登場するユディトがホロフェルネスの首を斬ったことを、色欲を切り落とし、貞節を守るヒロインとして取り上げられている。さらに、ローマ建国神話でもある、Virgilの『アエネーイス』を局所局所で暗示している。特に、詩の冒頭ではアエネーイスでジュピターの子供かつ太陽神・アポロを讃える文をそっくりそのまま神の子であり太陽になぞらえられる、キリストに当てはめている。また、古代ローマの神へのオマージュとして、羽の生えたSpesが勝利を収め、天へ飛び立つ様はローマ神話のヴィクトリア(勝利の女神)のよう。それぞれ擬人化されている抽象的な心は女神ではないにしろ、擬人化された姿形は古代ローマ時代の神々の姿が思い起こされる。やはりどの時代においても巨人の肩の上に立つ、ではないが、先人たちが積み上げてきたものの上に新たな要素を足して物語を紡いでいるのだと感じた。
このPsychomachiaも言及している『アエネーイス』であるが、これは奇しくも叙事詩の授業で扱った、『イリアス』、『アルゴナウティカ』、『アエネーイス』のうちの一つであり、この中では唯一ローマ時代の、一番新しい叙事詩である。これは紀元1世紀頃にVirgilという詩人によって書かれたものであるが、これもいきなり生まれたものではなく、前の時代に古代ギリシャで書かれたアルゴナウティカやイリアスへの言及が少なくない。ここでも文学の言及チェーンが繋がっており、遡っていけば世界最古級の傑作ともされる、ホメロスのイリアスに繋がっていくのだ(このイリアスもさらに古い時代の作品に繋がっていくのだろう)。この時代も場所も超えた文学の歴史的なつながりを見るとき、先人たちの積み上げていったものが文化を形成し、歴史を形成していることをつくづくと感じる。
ところで、先学期までは大学のエッセイの書式に慣れ、文献を用いることを最優先としていたため、特にラテン語ではエッセイの点数が右肩上がりであったが、今学期に入って伸び悩むようになってしまったことが個人的な課題であった。これはエッセイのみならず、ラテン語の英訳問題などでも同様であったため、何か根本的な理由があるのではないかと思い、ラテン語の主任の先生に思うように点数が伸びない原因を聞いてみた。その結果、英語を書く際に英語の細かいニュアンスを伝えきれていないとのことだった。例えば英訳問題では、ラテン語から英語への直訳は概ねできているのだが、英語の読書量が足りないために必ずしも流暢な英語には訳せておらず、読みにくくなってしまっているとのことだった。そのため、先生からはイリアスなどの古典作品の英語の翻訳を読むようにと勧めていただき、自分が機械的に訳すあまり、文学的・言語的なセンスを無視していたこと、そして英語での読書量の足りなさを痛感した。来年度はイタリア語での授業となるため、ラテン語を訳すことが機械仕事ではなく、たくさんのイタリア語に触れ、翻訳に際してはあくまで一つの生きていた言語を別言語で読み解いているだけであることを肝に銘じ、学習していきたい。
さて、ラテン語から一転してイタリア語についてであるが、今年度のイタリア語を振り返ると、昨年に増して飛躍を感じられた年であった。大学入学後初めての夏休みを終えて迎えた2年次の9月、久しぶりにイタリア語を話そうとすると、文法どころか語彙も忘れており、初手で見事に撃沈したのであった。日常的に使わないことでどれだけ言語力が衰えてしまうかに悔しさを感じたものの、他教科の課題や授業、交換留学への出願等バタバタしており、なかなかまとまって復習する時間を取ることはできなかった。しかし、3年次の交換留学を前にB2レベルに達している必要があったことから、授業で扱ったことだけでも、読み書きと話すことをしっかり行おうと思い、二学期はほぼ毎週、チューターの先生と1対1で練習を続けた。
その後、スコットランドの大学からイタリアの大学へ留学する人に向けての一時奨学金の応募について声がかかり、申請することにした。これは通称Scotland-Italy Scholarshipと呼ばれるもので、スコットランドのそれぞれの大学から1名程度代表を選考し、イタリアの大学生活での一時支援金をいただけるという制度である。これには志願書と推薦書のほかに、短いものの英語とイタリア語両方での面接が必要となるため、チューターの先生との練習がとても役に立ったように思う。偶然にも私の学年主任かつチューターの先生がこの奨学金制度の代表を務めていたこともあり、どのように選考が行われるのかなどを詳しく知ることができたため、とても安心して出願・面接に取り組むことができた。最終面接の末、無事に奨学金をいただけることが決まったので、ボローニャでは自分本位の勉強のみならず、エジンバラ大学の代表としての決意も持って留学プログラムに取り組みたいと思う。
こうして無事二年次が終わったのだが、実はここからがかなりの難関であった。ビザ発給についてだ。イギリスの就学ビザでもかなり手こずっていたため、申請に時間がかかる等の問題は想定済みであったが、今回はそれ以前にそもそもどこから申請するかという点でつまづいたのだ。そもそもビザは住民票のある場所での申請が基本となる。私はイギリスビザは取得しているものの、日本に住民票があるため、日本からの申請をするつもりであったこともあり、早々に日本に帰る航空券を手配していた。しかし、在日イタリア大使館によれば、交換留学に関しては大学の所在地によるため、日本人であろうとも日本から申請ができないと言う。在英イタリア大使館にも連絡を行い、イギリスビザを取得しているため、イギリスから申請する権利があると分かったが、イタリアの大学からは日本の市民権しかないことから、在日イタリア大使館宛へ必要書類が送られてしまい、どっちつかずの状況となってしまった。念の為、イギリスから申請するための書類を取り揃えたものの、ビザ申請のアポイントメントが取れない。聞けば、イギリスでのEUビザの申請は大使館ではなく、別の団体が代行している上に枠が少ないことから予約が困難であることで有名だそうで、試験も終わり、時間だけはあった私も何度も試したものの、回数制限によるシステムエラーが続き、アポイントメントを取ることは叶わなかった。そしてさらなる問題だったのが、アポイントメントがないとイタリアの大学に書類を書いてもらうことができないため、全く見通しが立てられないことだった。そんな中、同時に試していた在日イタリア大使館でのアポイントメントを取ることができたため、イギリスからの申請を諦めて予定通りに帰国、そして日本からビザ申請することに決めた。我ながらかなりの強行手段だったとは思うが、事前に状況を伝えていたこともあり、結果的には例外として書類を受理してくださり、申請から2週間ほどでビザ発給ができた。
イタリアは私が勉強しているラテン語の聖地とも言える場所であり、古代ローマ帝国の栄枯盛衰のドラマそのものを見てきた地である。また、ローマ帝国崩壊後も中世には文学のみならず音楽や美術などの芸術面でも栄えたイタリアで、ローマ帝国の遺産がどのように受け継がれまたは消えていったのか、またラテン語や西洋古典がイタリアではどのような視点で捉えられ、どのように教えられているのか、学べることがとても楽しみである。
イタリアへの渡航も間近に迫ってきているため、今回はここまでとするが、この一年も人のご縁に助けられ、ラテン語やそれを取り巻く歴史や文学を深めることができ、そしてイタリア留学への準備も着実に整えられた。どんなところであろうとも、新しい環境への不安はもちろんあるが、ここまでの出会いの数々を大切に、いただいた環境を精一杯楽しみたい。