イギリス生活3年目に入り、秋から大学生活が始まりました。私はAレベルを修了してからオックスフォード大学経済・経営学部に進学し、現在1学期目を終えたところです。今回は、この2ヶ月間での大学の印象と学部での勉強について報告したいと思います。
オックスフォードに来て最も印象的だったのは、学生の多様性の豊かさです。
多様性と言っても、国籍や出身地だけの話ではありません。実際のところ、大学院生の6?7割が留学生なのに対して、学部生となると逆転して7?8割はイギリス人が占めており、決して留学生の割合が大きくはないことがわかります。しかし、この数字には表れていない、学生の多数を占めるイギリス人の中に多様性の豊かさが存在しています。
イギリスでは教育格差が広く問題視されており、大学では格差是正の為に入試の前の段階から積極的な格差是正措置がなされています。教育格差は、イギリスのみならず日本を含めた多くの国で社会問題となっていますが、イギリスではよく「公立学校出身」対「私立学校出身」の構図で語られます。そこには、私立学校の学費の高さからくる経済格差、公立学校の質の違いからくる地域間格差など様々な要因が絡み合っています。これに対して大学では、公立出身の生徒を対象に特別な支援がされています。例えば、サマースクールやカレッジ見学を通して大学進学が視野に入っていない生徒にも機会を広げたり、入試の選考では入試担当者が社会経済的に不利な地域出身の生徒を把握できるようになっていたりしています。入試の際に使われている指標には外部機関が作成している数字が用いられており、生徒の郵便番号をもとに、その生徒が育った地域の収入レベル、大学進学率などを総合的に比較できるようになっています。その結果、学部に在籍しているイギリス人のうち6割は公立学校出身の学生によって占められています。
私は、私立であるKingswood Schoolに通っていたので、イギリスの公立学校の様子は大学の友人から話を聞くまで知らないことばかりでした。不十分な進路指導のまま大学入試に臨んだ人や、先生が足りずAレベルで履修できる科目がとても限られていた人、大人数での授業しか受けられなかった人など、様々な話を耳にしました。このように現状を知って価値観が広がったことは、アファーマティブアクションが取られることに対しての理解に繋がりました。
イギリス人の中の多様性があることの利点の一つは、社会問題について話しているときに様々な視点からの議論が繰り広げられることです。特に、2019年12月にイギリス議会総選挙が行われた際には、それぞれのバックグラウンドの違いが選挙における関心に顕著に現れていたのが印象的でした。他にも、私が所属しているWadham(ワダム)カレッジは歴史的に急進派学生の多いカレッジとして有名で、現在もLGBTQ+関連、ホームレス問題、人種差別など繊細な社会問題についても独自のアプローチで活発な議論が交わされています。
一方で、留学生の間では、社会経済的な面においてまだ偏りがあるようにも思います。その最も大きな原因となっているのは高額な学費であると考えられます。EU圏外から来る留学生は、イギリス人の約3倍の額の学費を払わなければなりません。その上、イギリス・EU圏内の学生には豊富な種類の奨学金がある一方で、その他の留学生への公的機関による支援はほぼありません。これらの理由が重なって留学のハードルは高くなるため、多くの場合、留学生には学力以外の金銭的なフィルターがかかってしまっているように思います。もちろん、留学生の支援を大学などの公的機関がするべきかどうかには議論の余地があると思いますが、高額な学費がネックとなって選択肢が絞られてしまう層が存在するのも事実です。これはイギリス人に対する就学支援の手厚さと比べると決定的に欠けているところであり、また、Tazaki財団の支援がいかに先進的で重要なものであるかを示しています。こうして奨学金をいただいて留学できていることは、確かな国際感覚を得るという目標に近づくための一歩であると同時に、私自身が大学に多様性をもたらすことができていると感じられるため、大きな充足感と使命感を伴うものでもあります。
次に、学部での勉強についてです。大学入学から1学期間しか経っていないため、今回は大まかな学部の仕組みと様子について説明したいと思います。
私は経済・経営学部(Economics and Management)に所属しています。同学年約80人のうち過半数はイギリス人で、日本人は私一人だけですが、約15か国から留学生が集まる国際色豊かな学部でもあります。
経済・経営学部では、3年間の勉強を終えて卒業すると学士号が与えられます。1年間は8週間×3学期で構成されており、合計すると半年以上は休みということになります。学部にもよりますが、経済・経営学部は3年間で大切な試験が2つあります。これらは1、3年目の末に実施され、進級または卒業するために合格することが求められます。この2つの他にも、復習のための試験(Collectionsと呼ばれる)が休暇明けのタイミングで年に数回実施されますが、試験結果が進級や卒業に関わることはありません。
今学期は、経済学、経営学、会計学の3つの科目を履修しています。そして、それぞれの科目が大きく分けて講義と個別指導の2本の柱で成り立っています。詳しくは今学期の私の時間割を例に説明したいと思います。
月曜日
11:00 ? 12:00 経済学講義
13:30 ? 15:30 会計学講義
火曜日
11:00 ? 12:00 経済学講義
16:00 ? 18:00 経営学チュートリアル
水曜日
11:00 ? 12:00 経済学講義
16:00 ? 17:30 会計学少人数クラス
木曜日
10:00 ? 12:00 経営学講義
14:00 ? 15:00 経済学チュートリアル
講義は多くの場合、大教室で一方的なスタイルで行われます。事前に配布される講義スライドに目を通して予習し、講義ではそれぞれノートや端末にノートを取り、復習をするという流れになっています。経済学の講義は3つの科目のうち最も規模が大きく、経済・経営学部だけでなく、同じく経済学を履修しているPPEや歴史・経済学部の学生とともに受けています。また、自分の学部の科目のみ履修する仕組みになっているので、第二外国語や体育などの必修科目の時間はありません。もしも他学部の講義を受けたい場合は自由に出入りすることが許可されているので、空き時間を使って受けに行くこともできます。
個別指導は、教授1人対学生1?4人のチュートリアル、または教授1人対学生15人ほどの少人数クラスで行われます。これらが講義と違う点は、事前課題が出され、必ず出席することが求められる点です。チュートリアルの内容はそれぞれのチューター(担当教授)の裁量に委ねられているところもあり、同じ学部でも人によって違う課題をやっていることがあります。今学期出された課題は、経済学のチュートリアルではワークシートと稀にエッセイ(小論文)、経営学のチュートリアルでは毎週1本のエッセイ、会計学の少人数クラスでは練習問題と隔週でのエッセイでした。
今学期、課題をやっている時間の多くはエッセイに費やされていました。学期中は自由時間が豊富にあることが時間割を見てもわかると思いますが、その時間を使って、課題を進めたり学生同士でディスカッションをしたりしていました。エッセイを書く際は、事前にテーマが渡され、それ沿って1000字程度のエッセイを構成していきます。経営学のエッセイでは、例えば ’Is anyone in an organisation ever powerless?’(組織に所属する誰もが無力であるか) ‘Which matters more to the growth of new technologies in the 21st century ? innovative entrepreneurs or large corporations?’(21世紀における新たな技術の成長にとってより重要なのは、革新的な起業家か、大企業か) など、専門書から得られる事柄とともに、一般的な知識や経験を使いながら書けるテーマが数多くありました。こういったエッセイを書く作業の大半は、大学から出される参考図書リストにある本や記事、論文を読んで議論を組み立てることに使い、実際にエッセイを書くのに使う時間は短くて良いと言われています。また、多くの文献は電子化されているため、本を買ったり借りたりしなくても簡単にアクセスすることができます。こうして書き上げたエッセイはチュートリアルに先立って提出し、チュートリアルでのディスカッションの材料になります。
そして、エッセイを書いてディスカッションをしていくために必要なスキルについても学びました。情報を収集して論点を整理することや、批判すること、文献を疑うこと、適切な例を引き合いに出すこと、それらを表現する語彙や言葉遣いなど、3年間掛けて身に付けていきたいと思うものがたくさんあります。また、とても印象的だったのは、初めてのチュートリアルでチューターが「この学部で1年目の試験に落ちた学生はカレッジの歴史上誰もいない。試験に向けての勉強はしない。」と仰っていたことです。進級や卒業のために勉強するのではなく、学問そのものに突き詰めて取り組むというオックスフォードの真髄に触れた気分にさせられました。
このように、大学生活1学期目は新たな環境で多くを吸収しながら新たな目標も見つけることができ、充実したものになりました。このような環境で学べることに感謝し、今後も精一杯勉学に励みたいと思います。