
クリスマス期間は、ホストファミリーの家に家族や親戚が集い、賑やかな笑い声とともに、香ばしいターキーの匂いや甘いお菓子の香りが家中に広がっていました。外の厳しい寒さとは対照的に、温かな空気に包まれたその時間は、心まで満たされるような、穏やかで幸せなひとときでした。
そして、一ヶ月にわたる休暇を迎える前には、470年の歴史をもつ制服に身を包み、壮大な建築に囲まれて過ごす刺激的な日々が続きました。イギリスでしか得られない経験の一つひとつに心を動かされたのを鮮明に覚えています。
私は数学・生物・化学・心理学を学んでいます。日本にいた頃と比べて狭く、深い学びを実感しています。
数学:内容自体は日本より平易ですが、1つのトピックにかける時間が短く、授業の進度が速かったです。難題を解く必要はない代わりに、授業の内容についていくのに少し慣れが必要でした。それでも次第に慣れ、4教科の中で最も自信のある科目となりました。今学期は2つの数学オリンピックに参加し、Senior Maths Challengeはミスが多く金賞を逃してしまいましたが、Mathematical Competition for Girlsでは、Distinctionで学校内で1位になることができました。これまで抱いていた数学への苦手意識は、自分の力を試せる機会と、支えてくださる先生方の存在によって大きく薄れたと感じています。特に、授業中に早く問題を解き終えると、より発展的な問題に挑戦させていただけるなど、生徒の学習ペースに応じて指導が柔軟に変えられている点は、平等や均等を重視する日本の教育ではなかなか経験できないことだと感じました。
生物:非常に興味深い内容が多く、日本にいた頃よりも好奇心をもって取り組めています。一方で、学習内容の半分以上が未知の分野であることに加え、試験の約9割が記述式で、採点基準も厳しいため、点数を取ることの難しさを感じています。日本と大きく異なる点は、A-levelのspecificationに記載されていない内容は極力扱わないよう、先生方が意識していることです。質問をしても「これはA-levelの範囲外だから知る必要はない」と言われることが多く、A-level以上の内容を学びたい場合は、自ら調べる姿勢が求められていると学びました。
化学:一番苦戦している科目です。4科目の中でも特にGCSEの基礎理解が求められる科目だと感じています。一時期は科目変更も検討しましたが、「最も苦手な科目だからこそ、粘り強く取り組み、得意科目にしたい」と考え直し、マインドセットを切り替えるようにしています。また、苦労していることを先生に相談したところ、先生のオフィスで個別に指導していただく機会を設けてくださり、生徒を支えたいという先生の姿勢が伝わってきて、とても心強く感じました。
心理学:四教科の中で最も強い興味をもって学んでいる科目です。評価基準も比較的明確で、楽しく取り組むことができています。今学期は主に研究方法と、5つの異なる心理学的アプローチについて学びました。生物や化学と比べてspecificationの枠がやや曖昧な分、先生に質問をしたり、人間の行動について議論したりする時間がとても充実しています。休暇中は、読書やドキュメンタリーを通して、理解をさらに深めたいと考えています。
授業は主に午前中で終わり、放課後はさまざまな活動に参加しました。スポーツではクロスカントリーとバドミントン、課外活動では模擬国連部、演劇制作、チャペルクワイヤ(聖歌隊)に加え、LAMDAの演劇レッスンや歌の個人レッスンも受講しました。ここでは、特に印象に残ったクロスカントリー、模擬国連、演劇制作について述べたいと思います。
クロスカントリーとは、野原や丘陵、森林などの自然の地形を横断して走る競技で、想像以上に身体的・精神的に厳しいものでした。整備された道はほとんどなく、沼地を走ったり、豪雨の中を走り続けたりすることもありました。それでも、360°に広がる自然に囲まれて走る時間は、どんなに気持ちが沈んでいても前向きにしてくれました。また、順位を競うよりも「自分のペースで走り続ける」ことを重視する競技であったため、この姿勢を学業にも活かそうと意識するようになりました。英語力や知識の差に焦りを感じることもありますが、日々着実に積み重ねていけば必ず追いつけると信じています。
模擬国連部では、毎週の校内での活動に加え、他校主催の模擬国連と自校開催の模擬国連の両方に参加しました。前者は北朝鮮大使、後者はインド大使として、AIの使用や難民、教育に関する国際問題について議論しました。最初は、周りの人の力強いスピーチや迅速な対応に圧倒されて、積極的に参加することができず、悔しさを感じました。そこで、質より量を重視するように心がけた結果、何回かみんなの前でスピーチやPOIと呼ばれる質疑応答を行う機会を得ることができました。今後も臆せず参加を続け、次のタームに予定されているイギリス最大規模の模擬国連に挑戦したいと考えています。
約3ヶ月かけて’The Massive Tragedy of Madame Bovary’に取り組み、ナレーター役を務めました。田舎での平凡な結婚生活に倦怠を覚えた主人公Emma Bovaryが、自由で華やかな世界に憧れ、不倫や浪費を重ねた末に破滅へと向かう悲劇を描いた作品です。演劇経験がなかったため、当初はステージに出るとセリフを忘れてしまったり、タイミングを間違えたりしました。しかし、演劇経験が豊富な友人から、’When you are on the stage, act as if you are screaming ’Look at me, everyone!’ to the audience because it is your moment to shine.’という言葉をかけてもらい、それ以降は自信をもって舞台に立つことができました。最終的には、個性的な衣装とともに演じることを心から楽しめたと思います。
一方で、とても苦労したのは人間関係でした。Christ’s Hospitalは全寮制の学校のため、日本にいた頃のように学校と家庭で気持ちを切り替えることが難しく、会話が続かないことや人間関係の摩擦に悩む場面もありました。それでも、素敵な友達に出会えたことには深く感謝しています。まだ困難は残っていますが、「多様な背景をもつ人々と関わりたい」という留学当初の目的を忘れず、向き合っていきたいです。
学校の規則について触れたいと思います。元々通っていた日本の高校より規則が多いのはもちろんのこと、本校はイギリスの中でも規則が多く、加点と減点を組み合わせた制度が採用されています。「良い行い」とされることに対して、学校が一丸となって評価し称える環境は、生徒のモチベーションを高める点で魅力的だと感じています。一方で、部屋が汚い・スマホを隠し持っている・先生の指示に従わない・宿題が未提出・飲酒をするなどの「悪い行い」に対しては、detentionや先生との面談、停学処分といった罰が科されます。学校側としては、このような飴と鞭をバランスよく用いることで、規則が守られ、学校全体の秩序が保たれていると考えているようです。しかし、規則が多すぎるがゆえに、「見つからなければよい」という発想が生まれ、生徒と教師の間に駆け引きが生じている側面も否めません。そのため、規則の多さが必ずしも生徒の自主性や自律の形成につながるとは限らないのではないかと考えるようになりました。ただし、多様な背景や価値観をもつ生徒が集まる環境だからこそ、一定の規則が必要であることも理解できます。この経験は、教育制度や規律の在り方について改めて考えるきっかけとなっています。
最後に、日本・アメリカ・イギリスにおけるコミュニケーションの違いについて、今感じていることをまとめてみます。地域差はありますが、ここでは国ごとの特徴として簡単に比較します。一般的に、日本では「空気を読む」ことを重視した間接的なコミュニケーションが多いと言われています。一方、アメリカでは、自分の考えをはっきりと伝える率直なコミュニケーションが望ましいとされる傾向があります。私は、歴史的にもアメリカと関係の深いイギリスは、アメリカと似たコミュニケーションスタイルなのではないかと考えていました。そのため、イギリスに来た当初は、アメリカにいた時の経験を生かし、ホストファミリーに対しても自分の意見を率直に伝えていました。しかしその結果、認識の行き違いから摩擦が生じ、私の行動が敬意に欠けるものとして受け取られてしまった経験があります。この経験を通して気づいたのは、イギリスではpolitenessが非常に大切にされているということです。強い表現は避け、言葉を慎重に選び、ユーモアを交えて伝えることが好まれる文化があると感じました。また、日本において年上の人を敬う文化があるように、イギリスでは階級や地位を重視する価値観が社会に根付いていると考えられます。そのため、アメリカでは前向きに評価されやすい「年齢や立場をあまり気にせず意見を主張する態度」は、イギリスでは失礼だと受け取られてしまう場合が多いのではないでしょうか。コミュニケーションは「どの国が正しいか」ではなく、それぞれの文化や価値観を理解し、状況に応じて伝え方を調整することが重要だと実感しました。
すでに4ヶ月が過ぎ、残り約4年8ヶ月しかないと考えると、早くも寂しさを感じています。改めて、このような’eye-opening’な機会を与えてくださっている田崎様をはじめ、Tazaki財団の皆様に心より感謝申し上げます。この非常に恵まれた環境にいることを決して当たり前と思わず、日々少しずつ成長できるよう、今後も精進してまいります。