
初めの1学期は学業と人間関係の構築の両立に追われて忙しなく過ごしました。私は今高等数学, RPE(Religion, Philosophy and Ethics)そして経済を選択しています。当初は経済の代わりに物理を選択していましたが、既習範囲との重複や、ミクロな視点が僕の肌に合わず、もどかしさを感じたためハーフターム後より経済を学んでいます。初めの頃、RPEではエッセイにかけた膨大な時間が評価されないと残念な気持ちに度々なっていました。ただ今では英語力の底上げと学習のルーティン化に成功したことである程度の自信を持って授業と課題に臨むことができています。
私の4ヶ月の中での転換点は、おそらく、オックスフォードで開催された模擬国連の会議に参加した経験とその一連の旅にあります。そこで自分の意見をハッキリと主張することのイギリスなりの価値を学びました。会議自体に加えて、ディベート経験が豊富な仲間と過ごした3日間は英語での会話のテンポを体に叩き込む絶好の機会で、そのテンポが心地よいと思えるほどとなりました。多少のうるささには目を瞑り、相手と同じ温度で会話を返すことが私にとってのサバイバルスキルです。
中等教育までを日本の公立校で受けた私にとって、イギリスと私立学校の特徴を切り離して考えることは非常に困難で、今身を置く恵まれた環境のうちどれだけを日本とイギリスの違いに起因して良いのかがわかりません。ただ、イギリスのパブリックスクールという包括的な理解のもとでは、これまでと全く異質な環境と言っても過言ではありません。そのすべては直接システムの違いに因るものではなく、その産物とも言える価値観や優先順位の違いに大きく由来するもので、いまだに振り回されてしまいます。例えば、特定のグループの枠を出た友人関係が好まれ、(なんと!)みかんよりもりんごの方が高い人気を誇ります。これらの趣向を裏付ける理論は存在せず、この環境で他者との交流を通じて感覚的に身につけるものなのでしょう。この価値観を理解し、受け入れることが本当に異文化を理解するということなのでしょう。これを身につけることが私の来学期からの目標です。
今改めてこれまでの4ヶ月を振り返ると、前に進むことに囚われるあまり、日本にいた時の自分と連続した自我であることを、私はしきりに忘れてしまっていたように思います。イギリスの凸凹した道など慣れなければいけないことも多く、現在で精一杯になりがちですが、これからは過去の自分を振り返りつつ、一貫した自分としての成熟を目指します。最後になりますが、このような多様な経験の支援をいただいている財団の皆さんには感謝をしてもしきれません。これからも前に進み続けます。