イギリスで迎えた初の新年。私の 2025 年は残念なことにカンピロバクターから始まりました。カフェで食べたラム肉のステーキが悪かったようで、その後 10 日ほど熱が収まらず、一時は体温が 39.8 度まで上がりました。抗生物質はもらえましたが、学校に帰ってから GP が来る日まで待ち、それから検査結果が出るまで更に数日かかったので、正直遅すぎました。もちろん救急の場合は大丈夫だと思いますが、イギリスでは、風邪やインフルエンザ程度には医療を期待しないほうがよいと聞きます。皆様も、特に海外滞在中は、体調や生焼けの肉にお気を付けください。
渡英直後は、周りの全てが新しい環境についていくのが精一杯で、いろいろなものがふわふわしていました。それこそ、人間関係は今思うと若干空回りしていたかもしれません。文化が違うということはもちろん、良く話が合うときもあれば、皆が盛り上がっていてもあまり興味を持てないときもあります。そんなとき、時には自分が変わろうと思いますし、或いは自分を保とうと思うこともあります。春タームの 4 ヶ月は、そのようなことにうまく折り合いをつけられるようになり、日本にいた頃の感覚がいい意味で戻ってきたと思います。
イギリス文化、に限った話ではないかもしれませんが、自分は案外適応するものだなと思います。クリスマスには、ホストファミリーに伝統的な Hunt (最近否定的な意見が多いですが) のイベントに連れて行って頂きました。出先では、私達を日本人だと看破する謎の老婦人と出会い、そこでの会話もはずみました。これは私のクリスマスのハイライトです。学校の食事は現地生も含めてあまり評判が良くないのですが、ここ最近は、毎日温かい食事に自然と感謝の気持ちが芽生えて、というのは言いすぎかもしれませんが、自分は美味しいと感じています。紅茶の消費量も学校で五本の指に入るのではないかと自負しています。ガブガブ飲むのは英国スタイルではない、などと言われると困ってしまいますが...。
これらは物質的なイギリス文化の話ですが、人々の精神としての文化も気に入っています。彼らは自分からすると信じられないくらいよく喋っていて、それが表面的なものであったとしても、いつも明るい人が多いです。社交を楽しむ、という表現が適切でしょうか。自分は疲れてしまうのでついていかないことも多いのですが、そういう空間にいるとなんとなく幸せになる気がします。また、これは自分が持っていた、そして多くの日本人に共通するであろうステレオタイプからすると意外でしたが、彼らも周りを良く気にします。それこそ母校などよりずっと、です。
日本人、特に東京人は他人とのバリアが強いといいます。日本にいると意識しませんが、イギリスにいるとやはりそうだなと思います。ふとしたときに名前も知らない人と会話が弾むと、しばらくウキウキします。学校だけでなく街の居心地もよく、週末はだいたい街を出歩いています。文字で書くと陳腐なものに見えますが、このような表面的な文化の違いが実は社会の在りようとも深く関わっており、組織の意思決定や慣性のあり方にも影響を与えている... みたいなことがあったら面白いなと思います。本当にあるのかはわかりませんし、こういう類のことはなんでも言えてしまいそうではありますが。
3 月には先輩の Offer Holder Day に潜り込む形でエジンバラを訪れることができました。初めてロンドンに行ったとき、まるで東京に帰ってきたかのような感覚を覚えましたが、エジンバラはまるで大きくなったバースのようにも感じられる街でした。そんなことを言ったらスコットランド人に怒られてしまいそうですが...。歴史的な町並みの続く中心部とエジンバラ大学の現代的な建築は一見不思議に見えますが、どちらも温かい雰囲気を保っています。エジンバラ大に進学した財団の先輩からの話も伺うことができました。情報科学分野でも高い評判がある大学で、とても好印象だったので、おそらく出願することになるかな、と思います。Fettes にいる 8 期と 7 期の方からも、学校の話を伺いました。Fettes はより正統派パブリックスクールという校風なようですが、学業、そしてスポーツに Kingswood と割と異なるポリシーを感じて、興味深かったです。
ボーディングスクールにいると、他の学校では〜という話をほとんど聞く機会がありません。日本ではそういう話題はよく出るので、その点クローズドなコミュニティだな、と感じます。後は、規則の多さなどとは別の意味で、学校の絶対性、或いは権威のようなものが、日本よりだいぶ強いように思えます。尤もこれに関しては日本が弱すぎるような気もしますが...。インターネットがあって良かったなと思います。
もう少し強いことを言うと、中等教育的なアプローチ、まあパターナリズムの程度問題ですが、が嫌いになってきたかもしれません。そしてパブリックスクールというのは、良い意味でも悪い意味でもこれを煮詰めた環境です。これについては最近よく色々な人と話すのですが、まだ考えが固まり切っていないので、もう少し感情をこねてからどこかの機会に書きたいです。あくまでその構造が苦手というだけでうちの学校が悪いというわけではなく、そこそこ好きです。また一般に日本の学校も大概向いていなさそうだという気もしています。
イースターの前半は、多くの時間を Informatics Olympiad の対策に費やしました。(これについては後述します) 途中には Bristol 地域での財団の食事会があり、初対面の先輩も含めて多くの人と交流することができました。同時に、 7 期の先輩と同じ学校にいる時間はあと 3 ヶ月しかないのだ、ということも実感する時間でした。休暇の最終日には、ホストファミリー宅に親戚が集い、イースターエッグハントをするなど、西洋らしさを感じました。
前回のレポートも含め学業についてはほとんど書いていなかったので、ここからはそれを書きます。
私は Maths, Further Maths, Physics, Computer Science を取っています。
物理は日本でほとんど触れておらず、その点 GCSE で結構進んでいるので心配だったのですが、授業をちゃんと聞けばなんとかなっています。CS は GCSE ビハインドがだいぶ大きいことと、回答がだいたい文章で長文エッセイもあり、英語力が響いてくる教科です。コースワークもあり、 4 教科中の 1 教科ですがだいぶ精神的な負荷を占めています。件の食中毒により、タームの初めにあった January Mock も自分だけ延期することになりました。今思えば当然なのですが CS の結果がかなり微妙で、最初のタームや休暇を振り返ると、理解したつもりでいても実際の試験問題で困ることも多かったので、過去問をするなど勉強方法を考え直しました。今タームはうまくやっているような気がしますが、 6 月の試験を焦点に頑張ろうと思います。
また、今学期で STEM 系の大会は一段落しました。
数学では Senior Maths Challenge が 10 月、 British Maths Olympiads Round 1 が 12 月、 Round 2 が 1 月にそれぞれありました。SMC はマークシート 25 問で 3 問ほどしか落とせない相当に心臓に悪い試験です。その後の Round 1 ではだいぶやらかしましたが辛うじて通過して、最後の Round 2 で Distinction (Top 25 %) を取ることができました。またこれらの大会は UKMT (UK Maths Trust) という組織が開催しているのですが、かなりしっかり運営されています。特に Round 1 は 1600 人分の 6 問の記述採点という気が遠くなるような作業があるのですが、 OB/OG からなるボランティアが一同に会して採点しているようです。もちろん教科によって異なりますが、例えば予選が学校で行われるなど、科学オリンピックの運営形態が日本とだいぶ異なるのは面白いと思います。
CS では British Informatics Olympiads Round 1 が 1 月にありました。これは A-level とは違って純粋なアルゴリズムとデータ構造の競技です。2 月末には Round 2 への招待が届き、イースター休暇の中頃に Cambridge の Trinity というカレッジで 3 日間のキャンプに参加しました。Cambridge にいる 6 期の先輩ともお会いして、カレッジの話や Kingswood の話をしました。参加者はやはり共通の興味を持つ人達だったので、話もはずんでとても楽しい時間を過ごすことができました。Guandan (摜蛋) という中国発祥の大富豪にポーカーを混ぜたようなカードゲームは、非常に奥が深くて興味深かったです。(あまりに流行しているからか、無形文化遺産になっているとともに、中国共産党から嫌われているとかなんだとか...) ボリビアでの国際情報オリンピック、イタリアでの西ヨーロッパ情報オリンピックのイギリス代表チームに選ばれたので、次もいい結果を目指して頑張ろうと思います。
今は一旦、この 8 ヶ月間、自分の中で物事が半ばショック療法のような形で相対化された感覚があります。ここ数年で一番大きく自分の価値観が変わったと共に、何が自分の中にあるのか、前よりはっきりわかるようになりました。次の 4 ヶ月は、振り返ったときにもう少し深くこれと向き合えるようにしたいと思います。Tazaki 財団の皆様、いつもご支援ありがとうございます。9 期生を目にするのを楽しみにしています。