
母校での留学説明会にお招きいただいた際、後輩たちから留学に関するさまざまな悩みを聞きました。その姿は二年前の自分と重なり、当時自分が抱えていた葛藤や不安が鮮明に蘇ってきました。
今回は、Tazaki財団への応募や留学そのものについて悩んでいる高校生に向けて、私自身の経験を振り返りたいと思います。留学へ踏み出すのか。今である必要はあるのか。なぜイギリスなのか。実際に留学を経験し、高校生活を終えた今だからこそ見えることを、改めてまとめてみます。
もちろん、留学することだけが正解ではありません。むしろ、こうして悩み、自分がこれからどうしたいのかを真剣に考えること自体に大きな意味があると信じています。留学するにしてもしないにしても、自分なりの答えを見つけるために、少しでも力になれたらいいなと思っています。
① 長期留学する意味
② なぜ「16才」なのか
③ なぜ「イギリス」なのか
長期留学の大きなメリットは、その国の生活が「特別」から「当たり前」に変わることです。短期留学では「限られた時間でその国らしい体験をやり尽くそう」という焦りが生まれやすく、留学生としての認識が残ったまま留学生活を終えることが往々にしてあると思います。
一方で長期留学は、少しずつ現地の生活に自分の居場所ができ、「よそ者」としての感覚が薄れていきます。私は、この留学生活が特別ではなくなることにこそ、長期留学の本当の価値があると考えています。現地の生活に馴染み、目新しさに圧倒されなくなると、少し心に余裕が出来て、挑戦の幅も格段に広がります。1年目は食事や文化などの表面的な違いに驚くばかりでしたが、もっと広い視点を持てた2年目には人々の考え方やイギリス社会のあり方といった、より本質的な違いに気づけるようになりました。
そうして生活に馴染み、生まれた余裕の中で挑んだのが「副寮長」を務めることでした。日本で生徒会長を経験した際、一人で抱え込まず人に仕事を任せることが課題だと感じていたため、これを克服したいと考え立候補したのです。自分の力が異国の地でどこまで通用するのか試してみたいような気持ちもありました。
しかし、実際の運営は困難の連続でした。イギリスのパブリックスクールでは役職に就くと形に残る称号が与えられるため、中には称号目的で立候補し、積極的に動かない人もいます。私が初めて寮の為のイベントを企画した日、途中から収拾のつかないカオス状態になってしまいました。上手くいかなかったことも悔しかったのですが、更に悔しかったのは、イベントを一緒に運営してくれるよう頼んでいた寮長が、私一人をおいて友達と遊びにいってしまったことでした。頼むことができたのに、まさか役目を放棄されるパターンが存在するとは夢にも思わず、ショックを受けたことを覚えています。
役職者が必ずしも役目を果たしてくれるわけではないと学び、以後、借りられる人の力は役職関係なく借りる方針に変えました。次のイベントから、周囲に声をかけてみると、予想以上に多くの仲間が協力してくれることが分かりました。その後のイベントでは、毎回異なる有志の協力者が集まってくれ、イベントを成功させることができるようになりました。
この経験を通して、「立場や役名にとらわれず、実際に協力してくれる人に力を借りればいい」という大きな学びを得ることが出来ました。挑戦するための勇気と心の余裕は、二年目だったからこそ持てたものだったと思います。
② なぜ「16才」なのか
Tazaki財団のサイトにもあるように、16歳という時期はまだ自分の価値観が固定されておらず、新しい環境にも柔軟に適応できる強みがあります。また、パブリックスクールでの共同生活は、圧倒的に多様な人々と深く関われる環境です。大学になれば付き合う人の範囲を自分でコントロールできるようになりますが、高校では時間割が組まれ、集団行動も多いため、意図せずとも人と関わるきっかけに恵まれます。実際に私自身も、授業のコマが同じだった友人とは自然と深く仲良くなれそこからさらに交流の輪が広がっていきました。この「半ば強制的に人と関わる環境」こそが、多様な学びを生む大きな要因だったと感じます。
③ なぜ「イギリス」なのか
イギリスは多人種・多宗教の国であり、多様性を受け入れる土壌が自然と整っています。ジェンダー観ひとつをとっても非常にオープンで、新学期初日に転入生の女の子が食堂のテーブルで当たり前のようにガールフレンドの話をするなど、日本の価値観との違いに新鮮な刺激を受けました。
また、現地での日常は常に「議論」とともにありました。お互いが自分の意見に自信を持って語り合い、時には反論しながらも尊重し合う空気感はとても刺激的でした。朝食のテーブルで某アメリカ大統領について活発に意見が飛び交うような日常に触れ、教養や知識は、こうして自分の意見を持ち対話するために使うのか、と目から鱗が落ちる思いでした。
ここまで将来について悩む後輩のみなさんに参考になればいいなと思いながら書いてまいりましたが、かくいう私自身も将来のことについては悩みこんでしまうことが多くあります。私はもともと、理系の大学に進んで科学者になり、将来は政治家と科学者をつなぐ橋渡し役になろう、という志を持って留学しました。その目標に向けて、大学では人体や細胞の化学を学ぶ学部に進むことを決めました。しかし、進路をImperial College London のMedical Bioscience に決めて半年ほど経った頃、再び迷いが生まれました。ミクロの世界の生物に興味があること自体には変わりなかったのですが、ふと「自分は本当に『研究』をしたいわけではないのかもしれない」と気づいてしまったのです。その事実に気づいたときはひどく焦りました。「このまま本当にこの学部へ進んでいいのだろうか」と、不安を抱えたまま悩み続ける日々が続きました。ですが、夏休みの2ヶ月間、自分と向き合い、考え抜いた末、一つの答えにたどり着きました。それは、これからの3年間は、まず自分の『好き』や『興味』を存分に探求する期間にしよう、ということです。
今後の日本や世界をより良く変えていくための道は、科学者という職業以外にもあるはずです。大学で興味を愚直に追究しつつも、視野は常に広く持ち続け、自分の将来像を柔軟にアップデートし続けていきたいと考えています。
最後になりますが、このような学びの数々や、イギリスでの出会いや気付きができたことは一重に、Tazaki財団のみなさまからのご支援のおかげです。また、いつも支えてくれた、家族やホストファミリー、ガーディアン、先生方、友人達にも、心から感謝申し上げます。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。