「高校生、イギリス留学、奨学金」こんなストレートな言葉たちをパソコンに打ち込んで発見したのがTazaki財団との出会いでした。
ホームページを食い入るように見つめ、その素晴らしいご支援の内容に驚愕し、数秒後には自分がイギリスで学ぶ姿を妄想していました。イギリスで学びたいという漠然とした思いを抱えながらも、どうすれば実現できるのかモヤモヤしていた私の心が一気に晴れ渡った瞬間でした。
しかし、母と家族会議を行い、先輩方の「奨学生レポート」を何度も読み返すうちに私は、衝撃的な事実に直面しました。私の母校から奨学生が輩出されたことがないのはもちろんのこと、数年前までは私立校の募集はなかったのです。そのうえ、先輩方のレポートでは、学校に貼ってあるポスターをきっかけに財団に出会ったとの記述が多々見受けられました。藁にもすがる思いで次の日、高等部の外部のイベントや留学に関するお知らせが紹介されているコーナーに飛びつきましたが、イギリス留学のポスターすら見つかりませんでした。絶体絶命のピンチにビクビクしながらも、前例がないものに挑戦すると思うと武者震いのようなドキドキした気持ちが溢れました。そんな勢いで志願理由書を書きあげ、面接に挑み、IELTS対策に足掻き苦しみ、合格通知を頂いた日々は私の人生の中で最もめまぐるしく刺激的でした。
「まさか私が…」。受験体験記などに溢れかえっているセリフですが、本当に合格通知をいただいたときはこの言葉を連呼していました。今は高等部の第一人者として、道を切り開けたことへの誇らしい気持ち、これからどんな人と出会い、どんな経験を積めるのだろうと胸が躍る気持ち、Tazaki財団の一員になれた喜びとご支援していただける感謝、いろんな感情が心のなかをギューギュー押し合って混在しています。「これはまさに四面楚歌!だからこそ背水の陣!」だなんてかっこつけたことを言いながらも、絶対に学校の友達に遭遇しないようにわざわざ地元から少し離れた郵便局で志願理由書を提出していた小心者の私が、憧れていた「奨学生レポート」を書くことができるなんて嬉しくてたまりません。二、三年後読み返したときに、出発点の今、私が抱いている熱意と感謝を再確認できるよう心を込めて私の原点と夢について記していこうと思います。
そもそも、私がイギリス留学を志したきっかけは、歴史への愛情です。幼い頃から、歴史映画に夢中になったり、小学校の図書館にあるすべての「まんが人物伝」(歴史的な偉人の伝記)を読破したり、歴史に関する本や映画の虜でした。しかし自身の歴史好きを嫌でも認識したのが、中学受験の際に塾から配布された歴史資料集をその日のうちに読破してしまったことです。夏期講習真只中で、明日に迫った漢字テストの勉強をしなきゃなんて頭の片隅で思いつつも、読みふけって、気がついたら三時間が経過してしまいました。次に私の歴史に関する考えがグッと変わる事になったのが、高校一年生のときの世界史の授業です。ぼんやりと歴史は同じようなことが繰り返されていると思いつつも、だから自分がどう学ぶべきかなど考えてもいませんでした。そんな中、あらゆる時代の政治の仕組み、戦争や革命が起こるメカニズムを辿るうちに、私がたてた仮説はあながち間違えじゃないのではないか、この仮説の答えを解き明かしたいという思いに駆られました。そして、世界でいち早く、産業革命をおこしたり、植民地政策で栄華を誇ったり、世界の歩みの中で猛烈な存在感を持つイギリスならば、思う存分、検証できるとひらめき、留学を志しました。
イギリスでは、日本と違い、多様なアイデンティティ、ルーツを持つ方々と交流できます。国や文化によって、歴史的な出来事一つをとっても捉え方は十人十色です。日本人として、自身の意見を言ったり、逆に新たな視点から物事を受け取ることを学んだり、この絶好のチャンスを活かして、存分に学び、存分に悩み、成長していきたいです。そして得たものを、恩返しという形で何倍にも膨れ上がらせて周囲に還元できる人になることが私の夢です。
最後に、私が行きたいと言った新選組の資料館に炎天下の中、嫌な顔ひとつせずに付き添ってくれたり、どんなときも寄り添い、応援してくれた家族、後輩にTazaki財団を宣伝することは、付属大学以外の進路を推薦することになるので学校のシステム上、難しいと言いながらも私が夢にまで見たTazaki財団のポスターをこっそり二枚も貼ってくださった生徒思いの高等部の先生方、暖かく送り出してくれた友人たち、そして素晴らしい機会をくださったTazaki財団の皆様に心から感謝申し上げます。自分はなぜイギリスで学ぶのか、なぜここにいるのか、常に念頭に置き、一分一秒、噛み締めて、夢に向かって邁進してまいります。