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Bさん(男生徒)国立筑波大学附属駒場高等学校出身

8月半ばにして早くも息が白くなり寒さすら覚えるスコットランドの夏ですが、気温30℃越えの日々を送っている日本の皆様はいかがお過ごしでしょうか。
さて、先学期は僕にとって大きな決断と変化の時でした。その決断とは、大学の志望学部の変更です。元々僕は地理学科に行きたいと思っていましたが、紆余曲折を経て大学では数学科に進むことが決まりました。文転ならぬまさかの理転、本人が一番驚いているような大転換ですが色々考えた末にこのような結論を出すに至りました。今回はそこに至るまでの経緯を軽くまとめたいと思います。

そもそも僕がイギリス留学を志すようになった理由は地理、特に都市計画を学びたかったからです。都市計画とはその名の通り開発・インフラ整備・コミュニティ創出・その他諸々の都市環境の管理に関わる仕事です。日本ではまだまだマイナーな分野ですがイギリスでは早くも20世紀初めからその重要性が認められ、都市計画家という国家資格を持ったプロたちによって運営されています。また大学においても地理学科や都市計画科というのが独立して存在しており、より深く本格的に勉強できるというのが魅力的でした。そういうわけでA levelでも地理を選択しましたし、大学は地理学科に出願することに決めていてそれに向けて関連する論文を読んだりエッセイコンペティションに参加したりしていました。

その一方で、渡英直後から(正確に言えば渡英する前から既に)自分の一番の得意科目が数学であることははっきりしていました。その理由は主に二つあります。
一つ目は、数学には他の科目のような言語の壁がほとんどないことです。地理や経済のようにエッセイを書く必要もないし、生物や化学のように英語で覚えなければならない語彙が大量にある訳でもありません。極論を言えば、A levelで求められている数学をこなすには数式さえ書ければ問題ありません。要するに日本でやっていたこととほとんど変わらない訳です。これが数学へのハードルを大きく下げているのは間違いないと思います。
第二に、日本の高校1, 2年段階での数学教育がイギリスのそれに比べてかなり先を行っていることです。学校のカリキュラムに大きな差がある訳ではありませんが、特に「問題を解く」という点において量と質が圧倒的に違います。日本では、学校の数学も十分にクオリティが高いですが、それに加えて早い段階から学校の外で勉強をする機会が(または勉強をしなくてはならない機会が)多く与えられています。もちろん個人差はありますし、この話を始めたらまた地方格差について語らねばなりません。ですがそれはさておき、一般的にほとんどの日本の学生は高校生になるまでに一度以上は受験戦争を経験しています。とりわけ塾なんかでは、問題を解くための方針やテクニックのレパートリーをひたすら身につけそれらを問題に応用するという流れを繰り返して高難度の問題を短時間で解く練習をたくさんします(少なくとも僕は3年前にそうしました)。それに対して、イギリスでは数学はGCSE(A levelの一つ前の教育課程)で必修とはいえ日本の学校や入試で扱われるようないわゆるひねった問題までは手を出さない印象です。さらに、塾という概念自体がほぼ存在しないため数学の知識・経験値は学校の勉強で完結してしまいます。

こうした背景から、去年の9月にイギリスで数学を始めた時には予習も復習もいらないほど余裕を持って授業に参加することができました。さらに11月にあった数学の大会で満点を獲り、それに続くオリンピック予選で上位層に入ったことですっかり数強みたいなイメージがついてしまい、悪い気はしないがそこは本職じゃないんだと言いたいような複雑な気持ちで過ごしていました。また同時に、先生や周りの生徒から「大学は数学じゃないの?」という突っ込みも度々受けていました。自分でも数学の方がいい成績は残せることは分かってはいたものの、そもそも地理をやるためにイギリスに来たのだし今更進路を変えるつもりはないとはっきり言ってきました。先学期までは。

では、何故考えを変えたのか。それは大学よりさらに先の将来についてより真剣に、そして現実的に考えるようになったからです。
イギリスは日本の中学に相当するGCSEの頃から科目選択が始まり、A levelではたったの3, 4科目しか勉強しません。さらに大学入試も基本的に1科目受験(A level試験は除く)で、進学後も日本のように1年目で教養課程を履修することはありません。つまり良い言い方をすれば専門性が高いのですが、逆に早い段階で将来の選択肢が狭まってしまうとも言えます。これはイギリスに限らない話で、ドイツなどでも高校前に職業訓練か大学進学かの選択を迫られます。そのようなシステムにおいて、都市計画科というとりわけ専門的な学部に進むというのは小さくないリスクを孕んでいました。もし興味の分野が変わってしまったら?或いは自分の適性がそこになかったとしたら?そうなると他の分野へ軌道修正するためには多大な時間と労力を費やすことになってしまいます。
一方、数学科は就職やその先での選択肢が非常に広いことが知られています。その理由は数学がほとんどどの分野にも通じる万能系の科目であるからなのですが、地理も例外ではありません。工学系を始め、数学の能力が役立つ場面は都市計画の方面でもたくさんあります。つまり、大学の学部が将来の仕事に直結する訳ではない、大学で地理をやらないからといって地理を完全に諦める訳では全くないということです。大学で数学を修めておけば、その後に都市計画関係にも進めるし仮に気持ちが変わったとしても他に進める道がたくさんある。この点に気付いてから数学科という選択肢が途端に魅力的に映るようになりました。むしろ、数学的なスキルを身につけた上で地理に携わるとするとそれは途轍もないアドバンテージになります。ある先生は "If you have a Maths degree from Oxbridge or other top universities, it literally opens any door for you(意訳:トップ大学での数学の学位を持っていれば、将来どんなことでもできる)" と話していました。さらに別の先生から、知り合いに数学科を出て都市計画家になった人が実際にいるという話を聞いてからは気持ちが一気に傾きました。
そのような(やや)受動的理由に加え、さらに重要な要因はイギリスに来たことで数学を楽しめるようになったこと、純粋に数学に興味を持つようになったことです。僕は中二、三年の頃に一時期数学にはまっていたものの、受験や高校での経験で少々数学に対して苦手意識を持ってしまいました。なので自分は100%文系だと信じていたし、A levelで数学を選択した理由も「比較的簡単にいい成績がとれる」以外の何物でもありませんでした。しかしこちらに来て数学ができる / 得意科目であるという経験をしたことでその苦手意識が消え去り、問題を解く・計算をするといった作業としてではなく自分で問題の条件を変えて遊んでみたり自分でA levelの範囲外まで調べてみたりと数学的な概念そのものを楽しむようになりました。もし数学が好きではなかったら、いくら得意でいくら将来有利になる可能性があるとしても数学科を選ぶことはなかったでしょう。しかし数学が楽しい、数学が好きであると胸を張って言えるようになったことでこのような選択に踏み切ることとなりました。

そんなわけで、今では地理関連のサイトを離れて数学のネタを探し回り、エッセイを書く代わりに数学の問題に明け暮れる日々を送っています。もちろんA levelの科目としての地理は継続するので全く地理に触れなくなるという訳ではないです(実は今一番苦労しているのはその地理を続けるということに対するモチベーションの維持です。僕は昔からこれと決めたことに全集中して他のものを疎かにする傾向があります)が、ひとまず課外では数学に集中したいと思います

また今回の件では寮の先生、数学の先生、地理の先生、チューター、ホストファミリー、友達など多方面に相談した結果、自分でも100%納得できる結論を出すことができました。特に寮の先生には、一番最初に学部についてよく考えるように促してくれたり(僕が最初はかなり否定的だったので)数学科に進むことのメリットを力説してくれたりと自分だけで悩んでいては到底考えが及ばないような意見や視点を提供して頂きました。もちろん最終的な決断は自分で下しましたが、このように様々なアドバイスをくれる人々が周りにいて幸運だったとしみじみ思います。今でこそこれはいい判断だったと振り返ることができますが、学部変更を決めた当時(4月下旬)は葛藤しかありませんでした。話が持ち上がってから決断を下すのに一週間しかかけなかったこともあり、勢いのままに流されているのではないか、元々持っていた目標を(少なくとも短期的に)捨てるのは意志薄弱ではないかなどと悶々としていました。普段は全然悩んだり後悔したり、あるいは人に相談したりするタイプではないのですが、事の重要性が重要性なだけに少々圧倒されていたとでも言うのでしょうか。それはそれで稀有な体験ができて良かったと思います。

この一連の経験を経て特に大事にしたいと思うのは「変化を肯定的に捉える」ということです。やりたいことを道半ばで変えるというのはともすれば「逃げ」に見えるかもしれません。或いは、「結局大学で地理をやらないならイギリスにいても日本にいても大差ないやないかい」という思いが頭を掠めるかもしれません(僕のところにも一瞬来ました)。しかし、そんな考えは全くのナンセンスです。何故ならば新しいものに触れなければ変化は起こらないのであり、変化を起こさない限り新しいものは何も生まれないからです。すなわち、このコンテクストにおいてはイギリスに来て異なる環境で勉強していたからこそ僕の心境に変化が生まれ、志望学部を変えるという変化を起こしたからこそ今までとは違う将来の自分があるということです(将来の自分云々は完全に結果論なので観測しない限りどのような状態かは確定しないのですが)。もし留学しなければまず数学にこれほど興味を抱くことはなかったし、今回の決断を下さなければ大学以降で数学に触れることなど絶対に起こりえなかったでしょう。このように新しい環境で生活することで自分の考え方や価値観が変わり、それによって将来が変わるというのは留学の一番の目的であり醍醐味でもあると思います。物事はプラン通りに行かない方が面白いというものですし、プラン通りに行かないことこそが「新しいことをした」という証であるとも言えます。その点において僕にとってはこの留学はすでに大成功であり、大いに意味のあるものだったと強く思います。

なにやら一年目にして早くも留学生活の総括みたいな文章になってしまいましたが、まだまだ道のりは長いです。大学を終えた4年後の自分がこの決断をして本当によかったと思えるように、そしてまずは来学期のきたる大学入試に向けて、これからも一層頑張っていきたいと思います。